魂が美しい人
こんにちは。天海 和美です。
私が本格的にセッションを始めた頃から来てくださっているクライアントさんから久々に近況報告のメールをいただきました。
最初は、私が大学院で研究をしているときにモニターになって研究に協力してくださっていました。
その頃の私はスピリチュアルだけでは世の中に広まらないので、科学的な裏付けとか、理論とかある方が受け入れられやすいと思っていました。なので心理学を学び、学術的な見地から見て出来るだけ科学的理論に裏づけようとデータをとって学術論文を引用し、自分の論文を書いていました。
その頃来てくださったクライアントさんは「意味不明?」でわかりにくかったと思います。
大学院の研究室の指導教官からは「なるべく専門用語を使うこと、難しそうに理路整然と語ること、世界中で誰もやったことのない理論を実証すること」とか言われていました😅
いや、、、そんなの人に伝わらないでしょ、、、と思いながらその世界の掟に従うしかないのでそうしていました。
なのでその頃、私のところに来てくださっていたクライアントさんにはホント感謝です。今でもずっとブログを読んでくださっている方もいて嬉しいです。
ちなみに私のブログはアメブロからスタートして今年で丸20年です。
あっ、話がずれましたがその時、来てくださったクライアントさんに初めて会った時「なんて美しい魂の持ち主なんだろう」って思いました。でも、その時はそれを口にはしなかったと思います。
ただ、その方の子ども時代や学生の頃、親との関係性、友人とのことなど見ても相当高い周波数の人でないと起こらないような人生でした。
でもね、自分がしんどい時ってどんなにポジティブな表現をされたり、言われても「聴こえない」のです。音としては聞こえるかも知れないけど、言われても受け入れないというか、信じないのですよね。
自己価値感が低くなっているから。
これはね「自己価値観」では無くて「自己価値感」なのですよ。まさに専門用語なのですが自分が自分をどう思うか?ってことがとても大事なのよね。
そのクライアントさんからのメールを読んでわたしも自分の若い頃のことを思い出しました。
いつも誰かの役に立っていなければならない、しつも世界のためになることをやらなければならない、自分のことはさておいて(どうでも良いけど)周りの人を優先させなければならない、助けなければならないと思っていました。
私は我慢できるから、私は強靭だから、わたしは大丈夫だから、、、だから全てを周りの人、他人のために与え尽くさなければならないと思っていました。
信じられないような話ですが本当です。だから私の周りにはいつも助けて欲しい人、援助が必要な人、我儘な人、自分中心な人、弱い人がたくさんいました。
私が引き寄せていたんですよね。その人たちは、私の投影している世界、つまり私が自己犠牲してでも助けるということを実現させてくれるための役柄だったのですよね。
今は、そこから卒業したので全くいなくなりました。今は、私を助けてくれたり、サポートしてくれる人が多くなりました(笑)自分が気づいて自己犠牲を辞めたら全く世界が変わりましたね。
そう、それでクライアントさんからその後またお返事が来て。
「お返事をくださり、ありがとうございます。
肩の力を抜いてがんばっているつもりだけど、
なかなか前に進んでいる実感が持てていなくて。
和美さんに「魂が美しい」と言ってもらえて泣いてしまいました。
恵まれているのだけど、心のどこかで報われないな…と思ってしま
大丈夫だと言ってもらえると本当に嬉しいです。」って書いてありました。
まだまだ頑張っていると思いますが少なくとも私が言ったことを受け入れられるようになったんだな〜成長したんだなーなんて思いました。私が彼女の年頃の頃はまだ自己犠牲そのものの人で抜け出そうともがいていました。
今、自分を振り返るとね、、、歳を重ねて少しづつ変化して楽に生きられるようになってきたなーと思います。
それは単に老化したってことでは無くて、真実を理解してスピリチュアルなことを素直に受け入れられるようになったということだと思います。
スピリチュアルなことって定義が曖昧ではっきりしたものは実はないのですが(世の中に)
私は自分がどこからきて、どこへ行くのか?何のために創造されたのか?本当の自分とは何かという真実を知ったからだと思います。
私は宗教は誰にも属していないし、お葬式にお坊さんも戒名も要らないと思っています。本当はお墓も要らないと思っているのですが。
でも、自分にとっての真実(私は自分がどこからきて、どこへ行くのか?何のために創造されたのか?本当の自分とは何かということ)がわかると人生は美しく輝いて見えてきます。
そんなことを私は伝えていきたいと思っています。

