すべての経験は必要で起きている・自己成長は苦しい時もある

こんにちは。天海 和美です。

ここ最近は東京での仕事が多く北海道との行ったり来たりが忙しいです。

今はあることにチャレンジしていて自分と向き合い結構苦しい時期を過ごしています。自分の出来なさにがっかりしたり、自分に対して腹が立ったり。

だけど成長するためには必要な山も谷もあるってことですね。

肉体的には身長とか20歳くらいで止まってしまいあとは成長ではなく成熟しながら老化していく。

でも人間の魂や精神は死ぬまで成長できる可能性がある。

それは人の気持ち次第だと思うのですが。

さて、行ったり来たりの東京のど真ん中での気づきです。

渋谷の街を22階から眺めているといろんなことに気づいた。沢山の大型画面というか壁画みたいなテレビがビルの壁にあり何と言う名前かはわからないけど。その映像が1秒もしないでフラッシュみたいに素早くチカチカ切り替わる。

それがどのビルにも沢山付いていて。きっとお客さんがその動きに反応してその看板を見たりお店に気づくことを意図しているのだと思う。

つまり「買え」ということを別な形で表現している。これはモノを売ってお金を儲けるための戦略なのだと思う。お客様に喜んでもらうためではない。それが悪いとは言わないけれど。

お客様に喜んでもらえない(最初はびっくりすると思うけど物珍しく)でもやっぱりそれは本当の意味で長続きするものではないと思った。

私は上から眺めているだけで気分が悪くなってきた。
この側を通っている人たちは凄い電磁波を浴び続け、「買えよ!買えよ!」っていうエネルギーを浴び続けるのだから疲れないはずがない。

都会で生きるのは成功、権力、名声、地位、お金とかそういうものを手に入れるための場所かもしれない。生き馬の目を抜く競争社会でね。

それを目指す人には良い場所だと思う。
ただそれでずっといけるかどうかはわからない。

心や身体の健康とは引き換え、、、あるいは犠牲にするのは覚悟の上かもしれない。いや、考えていないのかもしれないけど。

私は今までたくさん身体や心が壊れてしまった人たちを見てきたので健康がまず基本だと思う。

自分の人生で何が一番必要なのかそれは人それぞれが考えることだと思うので選択は自由だと思う。

こうするべきという答えはないのだから。全てが経験。

さっきシアトルのことが書いてある雑誌を読んでいた。その中に小さな小島でジャムを作っている夫婦は10年間ニューヨークの金融機関で生き馬の目を抜く競争の中で生きてきて何かが違うと思って生き方を変え、太平洋に面する小さな島に移り住み自然の中で暮らしていた。

赤ちゃんも生まれジャムを毎日作る生活は幸せそうだった。

人はいろんな経験を積みか兼ねながら「変化」していくのだと思う。

だからどんなことが起きたとしてもそれは次へと続く大切な通過点だと思うのです。

私は向こう側に見える明治神宮の森と代々木公園を見ながらそんなことを思いました。