怖れは必要か?怖れが必要なとき
こんにちは。天海和美です。
今日は早起きをして仕事を早目に済ませちょっとドライブしました。
家から30分くらいのところにある森へ行きました。
この森にフクロウがいるんです。
でも、今日はいつもの木にはお留守でした。
雪もすっかり溶けて福寿草や蕗の薹が出ていました。
帰ろうとすると反対側の森の方からフクロウの鳴き声がしました。
そーっとその森の方に行きましたが姿は見えません。
でも、他の鳥たちがたぶん何百羽もいると思われる鳴き声がしたり、自然の中にいると五感が敏感になります。
今は渡り鳥のお引越しの季節ですね。
フクロウを探して森に入りたかったけど、、、、
やっぱり怖くて無理、、、と思って帰りました。
何が無理って、、、この時期、熊さんたちが冬眠から目覚めて餌を探し回るからです。
やっぱり怖れのエネルギーは無駄なものもあるけど必要なものもあるな、、、のんて一人で思いました。
怖れのエネルギーも否定せず、ただそれがあるんだということを受け入れるってことでしょうか。
でも、もし、熊さんが現れたらやっぱり愛のエネルギーを送ってみたいと思います。
できるでしょうかね?