天職をすると人生が豊かになる・天から与えられた大切な役割

こんにちは。天海和美です。

人の「天職=役割」についての記事の続きです。

まだお読みでない方は先にこちらをお読み下さい。

私は一昨日、「森の子どもたちのマザーツリーになるプロジェクト」を実現するにあたってタンチョウ(鶴)さんたちの役割が大きい事に気づきました。

私がこのプロジェクトを実現するきっかけになったのは1枚のタンチョウの写真でした。

その写真を見て感銘を受けて私は鶴居村によく通うようになりタンチョウたちの美しい姿に魅了されました。

ただ美しいというよりも見ていると心が癒されていくのがわかるのです。

何時間、眺めていても飽きません、、、、。

私は2011年の東日本大震災の直後にある場所のマザーツリーとの会話で「森を守ることをする」ということを約束しました。

しかし、何をするかとか、どこでするかとかそういったことは、何も見通しはなかったのです。

だからタンチョウさんたちと出会わなければ、釧路湿原の周りの山に木を植えて水源地を守りたいというのは起きなかった発想です。

今まではタンチョウさんは私が遠くで車を止めて写真を撮ろうとしてもすぐに逃げてしまっていました。

でも今は、すぐ近くに行っても私の姿が見えないのか?と思うほど平然としています。

初めはそれが不思議でしたし驚きでした。でも本当にそうなったんです。

それとタンチョウさんたちとの遭遇率もすごく高くなりました。

他の人が今日は1日もまだ見ていないといっても私はすでに数十羽見ていたり、、、。

それで気がつきました。

私が森の子どもたちのマザーツリーのプロジェクトで植林しているのをタンチョウたちはそれを知っているんだ、、、と。

そのことを写真家の和田さんにお話ししたら「タンチョウはその人がどんな人なのか、その人の持っている”気”がわかるんだよね」とおっしゃっていました。

それで私は木を植えるという「仕事」はタンチョウたちからの”願い”だったのだと思いました。

タンチョウはアイヌ語で「サルルンカムイ」というのですがそれは「湿原の神」という意味です。

だからタンチョウたちが自分たちの住処である釧路湿原が乾燥したり、住めなくなっては困るので周りの森林を残して欲しい訳です。

私たちが「森の子どもたちのマザーツリーになるプロジェクト」を通して、釧路湿原の周りに木を植えるというのも「天職」のひとつなんだとわかりました。

それはタンチョウという目に見える対象物(野鳥)を通して神々の創造したもの、地球に対する愛の表現だと思うのです。

今年は新型コロナウィルス感染防止のための自粛で植林はできなかったので、先日、植林地の整備に行ってきました。

枯れている苗木をチェツクしたり、倒れている苗木カバーを直したり、片付けたり、、、、。

3年前に植えた場所の木は1本だけ枯れていましたが残りは全部元気に育っていました。

植林地で全部育つのはとても珍しいそうです。

2年前に植えた植林地の木もすくすくと思った以上に成長が早くてびっくりでした。

しかし、昨年植えた植林地は半分以上が苗が枯れたり、無くなっていました。

北風と寒さで死んでしまったというのが一番らしいのですが、跡形もないところはおそらくヤチネズミに食べられてしまったんだろうと。

冬の間、ネズミたちは食べるものがなくなるから美味しそうな若木を見つけたのでそれを食べてしまったのだろうと。

この場所は釧路湿原と山のちょうど境目にある場所でした。

だからやはり野生動物の宝庫だったのでしょう。

苗木が無くなってしまったことはがっかりなのですが、、、、

私の目の前にはヤチネズミたちが美味しそうに苗木を食べている姿が目に浮かびました。

寒い冬の雪降る日に北風がピューピュー吹いて、その風で倒された苗木をヤチネズミは美味しそうに食べた。

そしていくつかのネズミたちはエゾフクロウやオオワシ、オジロワシ、エゾテン、キタキツネに見つかって食べられてしまう。

森と湿原の”命の輪”はそうやって循環しているのかな、、、と。

タンチョウたちの生きる場だけでなく様々な動物たちが森や湿原で生きています。

その場所を再生したり守っていくのも人間である私たちの「役割=天職」なのだと思いました。

さて、私には他にも天職があって。それも今の時代、、、この宇宙の采配の時期にとても大切な役割があります。

もうすぐ、その時期が迫っていて、、、、。

それについては、明日のブログでお伝えしますね。

小雨でスタートした「森の子どもたちのマザーツリーになるプロジェクト」特別編も終わる頃には美しい夕日が見えました。

雲間から黄金の光が射し込んで世界を金色に染めていきました。

素敵な”役割”をさせてもらった感謝の1日でした。