愛し愛され楽しく生きるか?苦難の人生を乗り越える方がいいか?どちらも選べます

こんにちは。天海和美です。

多くの人はより人生がいい方向に進んで幸せに暮らせるように望んでいると思います。

でも苦労が好き!悲劇のヒロインでいたいという人もいます。

また楽しくて苦労もなく幸せに生きたいと思っているけど、全然思った方向に進まないという人もいます。

そしてスピリチュアルになるには世俗的な幸せを捨てなければならないと思い込んでいる人が多いですが。

そんなことはありません。むしろ豊かさも喜びも物質的にも精神的にも恵まれていきます。

だってこの世界のカルマを解消しながらより生きやすい世界へと移行していくのですから。

だから何かを我慢するとか捨て去らなければならないというよりは自分の内側が変わっていくことです。

自分が許可しなければなかなか変わることができませんが、、、、。

これがなかなか大変で何年も掛かる人がいます。準備ができた人はすぐに意識を変えることができます。

愛し愛され、明るく楽しく生きていきたい。

不幸で苦難ばかりの人生だけどそれを乗り越えるのが好き。

特に特に可も無く不可も無く、何も考えずに言われたことだけやって日々を過ごしたいとか。

どれでも良いのだな、、、と思います。なぜならそれはその人が自分がそれがやりたいと思って生きているから。

そういうととても無責任な冷たい人に聞こえますが。他人が必死に説得することよりも本人が気づいて行動することが大事だと思うのです。

ほら、、、水を飲みたくない馬を水場に連れて行っても馬に水を飲ませることはできないって。それだと思うのです。

『奇跡のコース』のレッスンを進めながら日々、そんなことを感じています。

この『奇跡のコース』は私のブログで知ったという方がほとんどです。(それはとても嬉しい)

これは人生を愛の世界に向かうように促してくれます。究極の愛の世界です。

まだ2回しかライブでやっていませんが、その時の感想をいただきました。

和美 様

今回の聞きたい話の一部が聞けた事に感謝します。

ありがとうございます。

幼い頃から「大人たちが熱心な宗教的概念」に対して違和感を持って生きてきました。

その一方で哲学的な感覚や原始仏教に興味がありました。

仏教では「この世は夢の中」「この世は夢のまた夢」「この世は夢幻」等の比喩的表現がありますね。

また、ニーチェの言葉「神は死んだ」の有名な表層的言葉に困惑した記憶にありますが、

「いい人を演じてきた」自分に気がつき始めたのを思い出します。

「神の存在」について人間の潜在的な深淵には「何か」があり、繋がっている感覚もわかります。

これがワンネス、そして一人一人が「神」と言うものなのでしょうか?

書き出せばキリがありませんが、和美さんのブログに「奇跡のコース」の案内があったときに

「私が求めていた」と直感で感じ、奇跡のコースがどんなものか?も解らずに申し込みました。

そして2回、和美さんのお話を聞いて「長年求めていた」感覚に包まれています。

この世は幻想で、時間も過去も未来もない、物質も肉体もなく、この世の現象は起こっていないについて・・・

和美さんの感覚で良いので教えて頂く機会がほしいです。

今までの概念が覆されて「ワクワクすると同時にこの世のからくり」の謎解きゲームの切符手を手にしました。(笑)

今、私は意識の大いなる変化の時が来たと思っています。

長年思っていた輪廻転生のから抜け出す時がきました。

受け取り方も気づきも人それぞれなので、自分の感覚でいいと思います。

正しいとか間違っているとかもありませんし、ねばならないものもありません。

自分が自分の内側のことに気づいていくと本当の意味での心に安らぎが訪れます。

それは自分の外側の世界がどうであろうと決して揺るがされない感覚です。

そういう心の安らぎを毎日感じていられるようになる、、、、それが大切かなと。